遺留分は、相続人に最低限確保されている相続分ですが、実際の算定は複雑で難易度が高くなることが多いのが実情です。
弁護士に依頼して対応するにしても、以下を読んで最低限の基礎知識は身に着けておくとよいでしょう。
遺留分制度は、被相続人が有していた相続財産について、一定の法定相続人には、最低限、一定割合の相続財産の承継を保障する制度です(民法1042条以下)。
遺言による財産の処分は、原則として自由に決めることができますが、この遺留分を侵害するような贈与を行ったり、遺言を作成すると、その侵害する部分については効力が認められなくなる場合があります(当然に無効となる訳ではありません)。
本来、被相続人は本来、自分の財産を自由に処分することができるはずですが、遺された相続人の生活保障や、相続財産形成に貢献した相続人の潜在的持分の精算という「相続人保護」のため、被相続人の財産処分の自由に一定の制限をしたものです。
遺留分を侵害された相続人は、遺留分減殺請求権(いりゅうぶんげんさいせいきゅうけん)(令和元年7月1日改正後は遺留分侵害額請求権)を行使することによって、自己の遺留分を確保することができます。
せっかく遺言を作成しても、遺留分を侵害する内容の遺言は後に相続人間で、トラブルの種になることがありますので、注意する必要があります。
各相続人の遺留分の割合については以下のとおりです。
①相続人が配偶者及び子→被相続人の財産の2分の1
②相続人が子のみ→被相続人の財産のの2分の1
③相続人が配偶者のみ→被相続人の財産の2分の1
④相続人が配偶者及び直系尊属→被相続人の財産の2分の1
⑤相続人が直系尊属のみ→被相続人の財産のの3分の1
【具体例(相続人が配偶者及び子一人の場合)】
それぞれの法定相続分は、配偶者:2分の1 子:2分の1
遺留分は被相続人の財産の2分の1ですから、
配偶者の遺留分=2分の1×2分の1=4分の1
子 の遺留分=2分の1×2分の1=4分の1 となります。
このような場合に、被相続人が、全ての財産を第三者に遺贈するとしたような場合、配偶者及び子は、相続財産の4分の1の範囲で当該第三者に対し、遺留分減殺請求権を行使することができることになります。
遺留分額の算定の基礎となる財産
=被相続人が相続開始時に有していた財産の価額+贈与財産の価額-相続債務の全額
贈与を算入するのは、これを加算しないと、被相続人が死亡直前に財産の大半を贈与していたような場合に、遺留分制度の目的が達成できないからです。
この場合に算入する贈与は、原則として、相続開始前1年以内のものとされています(民法1030条前段)。
但し、当事者双方が、遺留分権利者に損害を与えることを知りつつ行った贈与は、1年前より過去にされたものであっても遺留分算定の基礎財産に算入します(民法1030条後段)。
「損害を加えることを知って」とは、遺留分を侵害する認識があればよく、加害意図は不要です。
また、算入される贈与の範囲は、相続人への贈与に限られません。
特別受益としての贈与(相続人が結婚や養子縁組のため又は生計の資本として贈与を受けた場合等)は、相続開始前1年以内であるか否か、損害を加える認識の有無にかかわらず、全て算入の対象となります。
(最判平成10年3月24日)
民法903条1項の定める相続人に対する贈与は、右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、民法1030条の定める要件を満たさないものであっても、遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。
また、持戻し免除の意思表示がある場合でも算入します。
(最判平成24年1月26日)
被相続人が、特別受益に当たる贈与につき、当該贈与に係る財産の価額を相続財産に算入することを要しない旨の意思表示をしていた場合であっても、上記価額は遺留分算定の基礎となる財産額に算入されるものと解される。
保険金の受取人の変更は、民法1031条に定める遺贈又は贈与に当たるものではなく、これに準ずるということもできない(最判平成14年11月5日)とされており、加算しません。
控除する債務は、借金などの私法上の債務のほか、税金・罰金などの公法上の債務を含みます。
以下のようなケースの場合、遺留分算定の基礎となる財産は幾らになるでしょうか。
【ケース例】
被相続人(甲)が死亡。相続人は3人の子(A、B、C)。甲は、全財産をAに相続させる旨の遺言を作成していた。
甲の相続財産は、預貯金3400万円、株式(相続開始時の時価1200万円、現在の時価2000万円)。事業債務として600万円を負担していた。
その他、甲は、死亡する7年前にBに生計の資として200万円を生前贈与していた他、死亡する3年前に愛人Xに100万円を生前贈与していた。
遺留分額の算定の基礎となる財産
=被相続人が相続開始時に有していた財産の価額+贈与財産の価額-相続債務の全額
預貯金3400万円+株式1200万円+Bに対する生前贈与200万円-債務600万円=4200万円
4200万円が遺留分算定の基礎となる財産となります(株式は相続開始時の評価で計算、愛人への贈与は1年以内の贈与ではないので加算しない)。
遺留分額
=4200万円×1/2(遺留分割合)×1/3(法定相続分)=700万円
Bの遺留分侵害額
=遺留分額700万円-取得財産0円+相続債務200万円(法定相続分)-特別受益200万円-遺贈0円
=700万円
Cの遺留分侵害額
=遺留分額700万円-取得財産0円+相続債務200万円(法定相続分)-特別受益0円-遺贈0円
=900万円
※ 遺留分権利者が特別受益財産を得ている場合にはその価額を控除し、相続によって得た財産がある場合にはその価額を控除し、負担すべき相続債務がある場合はその額を加算します(最高裁平成8年11月26日)。
※ 但し、相続債務については、以下の例外(最高裁)がありますので、計算にあたっては注意する必要があります。
相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ、当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合、遺留分の侵害額の算定においては、遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当である。遺留分権利者が相続債権者から相続債務について法定相続分に応じた履行を求められ、これに応じた場合も、履行した相続債務の額を遺留分の額に加算することはできず、相続債務をすべて承継した相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである(最高裁平成21年3月24日)。
遺留分を侵害する遺贈などが当然に無効になる訳ではありません。
もっとも、減殺請求は、意思表示の方法によればよく、必ず訴えを起こさなければならないということはありません。
通常は、遺贈などを受けた者に対し、配達証明付きの内容証明郵便を送付する方法で行います。
減殺請求を行った後、遺贈などを受けた者と協議を行い、解決を図ります。協議が調わない場合は、遺留分減殺請求の調停や訴訟を提起して解決することになります。
遺留分をめぐる紛争は、被相続人の相続に関する紛争であり、「家庭に関する事件」として家庭裁判所の調停を行うことができ(家事法244条)、調停を行うことができる事件については、調停前置主義により、訴えを提起する前に、原則として、まず家庭裁判所の調停を経なければなりません(家事法257条)。
もっとも、いきなり裁判を提起した場合、必ずしも、調停に戻されるとは限りません。
調停をせずに訴訟提起した場合、「裁判所は職権で、事件を家事調停に付さなければならない。」とされていますが(家事法257条2項本文)、「ただし、裁判所が事件を調停に付することが相当でないと認めるときは、この限りでない。」(同但書)とされているからです。
調停に付しても、話し合いで解決できる見込みが低い場合、結局、当事者としては裁判を提起せざるを得ないことになり、時間も費用も無駄になります。そのため、早期解決を望む場合に、裁判をいきなり提起した方がよい場合があります。
実務的には、調停で解決できる見込みが無い場合は、その旨の上申書を添付して、いきなり訴訟を提起することも多いのが実情です。
遺留分減殺請求調停(遺留分減殺による物件返還請求調停)が不成立となってしまうと、訴訟を提起するかどうかを検討することになります。
遺産分割調停は、不成立により終了すると、審判手続に自動移行しますが、遺留分減殺の調停は審判手続に移行しません。改めて訴訟提起を行う必要があります。
注意すべきなのは、裁判所の管轄です。
調停は、家庭裁判所が管轄裁判所でしたが、遺留分減殺請求訴訟は、家庭裁判所ではなく、地方裁判所又は簡易裁判所が管轄裁判所となります。
どこの地方裁判所(又は簡易裁判所)に訴訟提起するかについては、相続開始時の被相続人の最後の住所地を管轄する地方裁判所のほか、被告の住所地を管轄する地方裁判所、不動産に関する訴えにつき不動産の所在地を管轄する地方裁判所、金銭債権について義務履行地(債権者)の所在地を管轄する地方裁判所とに認められています。
また、手数料は、調停にように一律ではなく、請求の内容や額によって変わってきます。
この段階になると、代理人弁護士に就いている場合が大半です。
減殺請求を受けた相手方は、現物を返還するのが原則ですが、価額弁償することも許されます(民法1041条)。
この場合、単に価額弁償をする旨の意思表示をしただけでは足りず、履行又は履行の提供が必要です(最判昭和54年7月10日)。
上述のとおり、遺留分権利者は、最初から価額弁償請求をすることは出来ませんが、受遺者・受贈者が価額弁償の意思表示をした場合には、現物返還請求のほか、価額弁償請求権も行使が可能となります(最判平成20年1月24日)。
また、受遺者又は受贈者は、遺留分減殺の対象とされた贈与又は遺贈の目的である各財産について、価額弁償をすることができます(最判平成12年7月11日)。
(例えば、株式と不動産と預貯金の遺贈について遺留分減殺請求がされた場合、株式についてだけ価額弁償をするということも許されます。)
受贈者は、返還すべき財産のほか、減殺請求があった日以後の果実を返還しなければなりません(民法1036条)。
価額弁償の場合の目的物の価額算定の基準時は、事実審の口頭弁論終結時です(最判昭和51年8月30日)。
遺留分減殺の対象となる行為としては、遺贈・特定の相続人に相続させる遺言、死因贈与、生前贈与などがあります。
これらのうち、複数の行為がある場合には、①遺贈・特定の相続人に相続させる遺言、②死因贈与、③生前贈与の順に減殺します。
先順位のものの減殺を行い、それでも遺留分が確保されない場合に次順位の減殺を行います。
遺贈が複数ある場合には、遺言者の別段の意思表示がない場合には、遺贈の価額の割合に応じて減殺します(民法1034条)。
贈与が複数ある場合には、相続開始時に近い贈与から減殺し、順次遡って減殺します(民法1035条)。
受贈者が無資力の場合、損失は遺留分権利者の負担となり、他の受遺者や後順位の受贈者に対し、減殺請求を行うことはできません(民法1037条)。
なお、遺留分権利者は、減殺すべき物件を選択して減殺請求をすることはできません。誰に対して減殺請求ができるかについても法に規定された通りになります。
例えば、被相続人甲が死亡し、相続人は子Aのみ、相続財産は①甲が経営していた会社の株式、②自宅不動産、③預貯金というケースで、株式は甲に、自宅不動産は乙に、預金は丙に遺贈されていた場合、Aは、経営権を承継したいので株式のみで遺留分を確保するとか、自宅に住み続けたいので不動産のみで遺留分を確保する、といったことは出来ません。
株式、自宅不動産、預貯金の価額の割合に応じて減殺することが出来るにすぎません。
共同相続人間で遺贈の遺留分減殺請求を行う場合、遺贈の目的物の価額のうち、受遺者の遺留分額を超える部分のみを、民法1034条に規定されている「目的の価額」として計算します。
(最判平成10年2月26日)
相続人に対する遺贈が遺留分減殺の対象となる場合においては、右遺贈の目的の価額のうち受遺者の遺留分額を超える部分のみが、民法1034条にいう目的の価額に当たるものというべきである。けだし、右の場合には受遺者も遺留分を有するものであるところ、遺贈の全額が減殺の対象となるものとすると減殺請求を受けた受遺者の遺留分が侵害されることが起こりうるが、このような結果は遺留分制度の趣旨に反すると考えられるからである。
(具体例)
被相続人甲の相続財産は1600万円。相続人は甲の子ABCD。甲はAに1000万円、Bに400万円、Cに200万円を相続させる旨の遺言を作成していた。Dは誰にいくらの遺留分減殺請求ができるか。
Dの遺留分額は、相続財産の1/8の200万円。
DがCに対しても遺留分減殺請求ができるとすると、Cの遺留分が侵害されてしまう。
このような場合、上記判例により、それぞれ遺留分である200万円を超える部分についてのみ減殺請求が可能となります。
すなわち、Aについては800万円、Bについては200万円を目的の価額として計算します。
よって、
Aに対しては、200万円×{800万円/(800万円+200万円)}=160万円
Bに対しては、200万円×{200万円/(800万円+200万円)}=40万円
の減殺請求が可能ということになります。
遺留分減殺請求権の行使がいつまでも認められるとすると、相続関係がいつまでたっても確定しないことになり不都合であることから、遺留分減殺請求権には期限が定められています(民法1042条)。
具体的には、
①相続の開始及び減殺すべき贈与又は遺贈があったことを知った時から1年間
②相続が開始した時から10年間
が経過したときは、権利行使が出来なくなります。
「減殺すべき贈与又は遺贈のあったことを知った時」とはどの程度の認識が必要かについては見解が分かれていますが、遺留分権利者が単に被相続人の財産の贈与又は遺贈があったことを知るだけでは足りず、それが減殺できるものであることを知った時と解すべきとするのが判例です(最判昭和57年11月12日)。
遺留分減殺請求それ自体は、もちろん弁護士に依頼しなくても自分でも可能です。
確かに、遺言書に「財産全部を○○に相続させる」などと書かれていることも多く、自身の遺留分が侵害されていること自体は、比較的容易に分かるケースもあります。
しかし、通常、自身で請求を行っても、相手方(侵害者)がすんなり侵害事実を認めて、請求通りの支払いを行ってくるということは滅多にありませんし、そもそも自己の遺留分がいったい幾らなのかを正確に計算するのは難しいのが実情です。
請求自体は簡単でも、遺留分制度は、複雑かつ難解で、実際に基礎となる財産を算定し、具体的な請求を行って解決するには、法律の条文だけでなく、判例などの実務の知識が必要です。
遺留分に関する交渉は、決裂した場合の調停・訴訟負担、最終的に共有物分割まで視野にいれて交渉しなければなりませんので、時間的・経済的損得なども勘案した交渉を、弁護士などの専門家以外の一般の方が行うのは難しい分野です。
また、遺留分についての争いは、親族間の感情的対立や紛争が背景になっていることが多く、専門家が介入することで、感情的な対立はひとまず棚上げし、権利の内容や遺留分制度に関する知識を提供することで、早期解決が図れるケースも多いといえます。
以上から、遺留分に関する紛争については、お近くの弁護士に依頼されることをお勧めします。
遺留分は、相続放棄と異なり、遺言者の生前に放棄することも可能です。
従って、相続人廃除のほか、遺留分の事前放棄と遺言を組み合わせることにより、財産を相続させない方法もあります。
但し、遺留分を放棄するためには、遺留分を持つ相続人が、家庭裁判所に対し、遺留分を放棄する手続を行い、家庭裁判所の許可を得る必要があります。つまり、相続させない相続人の協力が必要になります。遺留分を持つ相続人が、親子間での何らかの事情により、「相続しなくてもよい」と言っているような場合に利用できることになります。
申立ては、被相続人の住居地を管轄する家庭裁判所に対して行います。
遺留分の放棄が認められても、相続権が無くなる訳ではありませんので、必ず遺言でその全財産を、遺留分放棄をした相続人以外の者に相続させたり、遺贈しておかなければなりません。
なお、相続人の一人が遺留分の放棄をしたとしても、他の相続人の遺留分が増えるものではありません。相続放棄があった場合には、他の相続人の相続人が増える場合がありますが、遺留分の放棄は、遺言者が自由に処分できる割合が増えるだけです。
また、遺留分の放棄が認められても、相続放棄をしたことにはなりません。遺留分を放棄した人も、相続が開始すると相続人となります。従って、遺留分の放棄をしたとしても、被相続人に債務がある場合には、債務を法定相続分に従って承継します。遺留分の放棄と相続放棄は別ですので注意しましょう。
プラン | 着手金 | 報酬金 |
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交渉・調停 | 30万円 | 得られた経済的利益の10% (但し、最低額:30万円) |
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